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2004.04.11

「センセイの鞄」 川上弘美

主人公の女性は今年の流行の言い方をすれば”負け犬”である。 30代、未婚、子なし。 そして私は勝ち犬らしい。ところで私はいったい何に勝ったのか? 負け犬といわれる人たちに対して勝ったとは思えない。あれこれ思案をめぐらせると、つまりは、自分自身に勝ち得た、ということかもしれない。
私は、愛する人にめぐり合い、その人にも愛されるという流れの中で結婚したかった。そしてその延長上に、望まれて生まれる愛らしい我が子を望んだ。誰でもいいから結婚したかったということはなく、何かに強制されて子供を産む気もなかった。幸いわたしは自分の望んだカタチで結婚し、子供に恵まれることができた。希望を叶えた。そういう文脈で、私は自分の人生に勝ったといえるのかもしれない。

さて、「センセイの鞄」の主人公はどうだったのか。彼女の過去の恋愛についてのエピソードが織り込まれている。どうやら彼女は昔の恋人に執着しておらず、結婚を願っていたようでもなさそうだ。彼女が独身であることは、何かを逃したわけではなく、彼女が望んだ結果であるともいえそうだ。だから彼女は負けていない。
仕事はそこそこに忙しく、家の近所には気の利いた居酒屋があり、本屋もあるみたいだ。

いいな、と思う。もし私が今の夫にめぐり合えず、つまりはこの人!という運命を感じることがなければ、きっと今でも独身だった。親と一緒に暮らしていたかもしれないし、一人暮らしを始めていたかもしれない。一人暮らしするなら、欠かせないのは、一人で行っても美味しく食べて飲める店が近いことだ。お酒はあまり飲めないので、食べ物も美味しいカフェでもかまわないが、30代も後半になってきたら美味しいつまみのある居酒屋のほうがラクかもしれない。「センセイの鞄」に出てくる居酒屋はいかにも理想的だ。チェーンではなく、地元の居酒屋。余計なことは言わない接客。ひとりで入ってひとりで出て行ける気安さ。常に季節のものを用意してくれているお品書き。いいなぁ。
だからか、彼女の毎日はそこそこ楽しかったみたいだ。独身の焦りや悲壮感なんてない。彼女はちっとも負けていない。  私も同じだっただろう。仕事や趣味や友人、そして気に入りの居酒屋だけで、けっこう幸せだったろう。

でもやっぱりそうなんだ。彼女は包容力があり、生真面目で、やさしいセンセイに出会ってしまってから、ふいに弱さを見せてしまう。「センセイ、センセイ」と心の中でいつも呼んでしまう。どこにいますか?ちゃんとそばにいてください、頭をなでてください。でなくちゃ私、泣いてしまいます。

きっと私もそんな日を抱えていただろう。悲しいわけではない。つらいとも思わない。でもせつない日はある。
よかったね、”センセイ”みたいな人がいて。 やっぱり彼女は負けていない。


 

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