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2004.12.11

「泳ぐのに、安全でも適切でもありません。」江國香織

「号泣する準備は出来ていた」に続いて読む。

「号泣する準備は出来ていた」はすでに”失った”物語が多かったと思う。
「泳ぐのに、安全でも適切でもありません」は、まだ”愛欲”のなかにある。渦中の物語。

愛欲。
下世話で卑猥な感じもする言い方だけれども、私に浮かんだのは愛欲という言葉。
それは、愛している人とぴったりとくっついていたい気持ち。

人生を海に例えるのならば、
生きていくということは、
人を恋したり愛したりするということは、
“泳ぐのに、安全でも適切でもありません”。そんな場所なのだ。

安全でも適切でもないから、
時に人は溺れ、
時に人は流される。

これは、溺れたり流されてしまっている人たちの小説。

安全でも適切でもないなら、
ねぇ、私はどうしたらいいの?
泳がずに眺めていればいいというの?
そんなことはできるの?
生まれたときから海に投げ出されているというのに・・・。

私はイヤ。
クロールで泳ぎつづけてやる。
静かで、それでいて力強い、美しい泳ぎ方、クロール。

でもきっと、いつもアップアップ。
犬掻きぐらいがちょうどいいのだろう。
そして時々、溺れたり、流されるのだ。

「号泣する準備は出来ていた」の本読み日記はこちら

買って読みたい人はこちら↓
泳ぐのに、安全でも適切でも...

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