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2005.06.01

「トリアングル」俵万智 (短歌編)

昨日に続き、トリアングル。
「歌物語」という試みそのものにも書いておく。
作中に突然、短歌があらわれても、私はそんなに違和感はない。劇中で、突然役者が歌ったり、踊ったりするミュージカルみたいなもんだと思う。
しかし、だ。
短歌を味わう楽しみは、思い切りそがれてしまった。

短歌や俳句、詩のよさは、書き手(詠み手)の意思を飛び越えて、読み手の感受性がくすぐられて、いろいろ想像する喜びにあると思う。
しかし「トリアングル」の中では、短歌が詠まれた背景がきっちり小説として書かれている。状況が説明されている。解説付というわけだ。
そんな短歌はつまらないなぁと思う。

たとえば、

明治屋に初めて二人で行きし日の苺のジャムの一瓶終わる

という短歌。

この歌は短歌集「チョコレート革命」にも出てきたし、「トリアングル」の作中歌としても出てくる。

短歌として鑑賞するならば、
二人というのは恋人だろうか、苺ジャムが一瓶終わったあとに、二人の関係も終わったのだろうか?それとも新しい一瓶を買いに行くのだろうか?そもそも苺ジャムが一瓶終わるにはどれぐらいの月日がたったのだろうか?苺ジャムというと、朝かブランチのトーストだよな・・。つまり、何回も一緒に朝を迎えたということだよな・・・。苺ジャムが二人で食べる朝食の隠喩だから作者にとっては特別な感慨があるのだろう・・などと思いめぐらす。

しかし、「トリアングル」にて、苺ジャム(銘柄はボンヌママンだそうです)はその後何回も買い足され、8年も買い続けていることが明らかにされちゃうし、週に2~3回は一緒に朝ごはんを食べていることも明らかにされる。
ああ、そうですか。はっきりされちゃうと、どうもつまらない。


飛行機の窓から見下ろす東京の夜は全部がディズニーランド

これも歌だけならば、東京に着陸する飛行機なのか、離陸したばかりの飛行機なのかわからない。ディズニーランドというのは、ワクワク・ドキドキ、楽しいことの代名詞として使われたのか、詠み手の淋しい心情との対比なのか判然としない。だからこそ、受け取り手によって解釈が違って面白い。
しかし「トリアングル」に、東京に着陸する飛行機で、主人公は淋しい気持ちでいっぱいなのだと書いてある。ご親切に、どうもありがとう。
(私も相当嫌味な人間だ)

もちろん、視点が斬新で、思わず感嘆してしまう歌もありました。

芽キャベツのような夢だね未完熟の言葉に宿る芯のまぶしさ

これはとても好き。小説の中にあっても、輝いている歌だと思ったよ。


歌物語という試みに、ちょっと意地の悪い批評をしてしまったけど、新しい試み(この場合、古くて新しいというべきか)は良いことだと思う。結局、次回作も待つ。

「トリアングル」俵万智

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