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2005.08.30

生ハムには赤肉メロン!

伊丹十三のエッセイ「女たちよ!」を読んでいる。

昭和43年に発行されたエッセイ集である。43年ですよ。私が生まれる前ですよ。

まず冒頭のエッセイが、パスタについて。
当時の日本では、スパゲッティを柔らかく茹でて、さらにフライパンに移して、ケチャップとハムやピーマンで炒めてしまってから食していた。
それを伊丹氏が嘆く。
「いいですか、パスタというのは、うどんではないのですよ!」と。
そして、”アルデンテ”の概念を紹介し、本当のイタリア式パスタの茹で方、パスタソースの作り方を紹介している。

ここを読むと、ははーん、ぐらいにしか思わない。
今ではすでにアルデンテという言葉は、うちの親だって知っているぐらい、知識としてはもう既知のものだから。
さりとて、アルデンテが広く世の中に浸透したのは、日本がバブルに浮かれ始めた80年代後半ぐらいからではないかというのが私の実感だし、うちの親にまで認知されるようになったのは、21世紀に入ってからではないかしら?と思うので、正しきイタリア式パスタの基礎、アルデンテを昭和43年に紹介したエッセイは画期的だったのだろうと思う。

そういう具合に、私はついうっかりこのエッセイを、過去の偉業・はたまたエッセイの古典とか、そんなつもりで読みすすめようとしたんですが・・・。

その気持ちはすぐに撃沈されてしまいました。

イタリア料理の前菜として、生ハムメロンが紹介されていたのです。
メロンが食後のデザートではなく、前菜として振舞われることの紹介と、生ハムとの絶妙な相性についての文章が続きます。

そして、衝撃的な文章に出くわしたわけです。

生ハムとあわせるメロンは、赤肉のメロンでなくてはならぬ。日本なら名前は忘れたが千葉県のほうでとれる、肉がオレンジ色の小さなメロンでなくてはならないのだそうだ。マスクメロンでは甘すぎて、生ハムとは合わないのだそうだ!

膝を打ったよ。

私は今まで、生ハムメロンを???と思いながら味わったことが何度もあるのです。
絶妙なハーモニーと食通は言うけれど、そんなに合うかしらん?私の舌がおかしいのか?と。

友人宅のちょっとこじゃれたホームパーティーで出てきた生ハムメロンは、メロンが青肉だった。
雰囲気の良いバーで、出てきた生ハムメロンも、メロンが青かった。
そこそこのイタリアンレストランでも、青肉メロンの生ハムメロンを食べた覚えがある・・・。

一方で、これは美味しい!と感じた生ハムメロン体験もあった。あの時はメロンが赤肉だったのかも・・。そうだ、そうに違いない!!!


さっそく近所にメロンを買いに走るも、大き目の青肉メロンしか店頭に並んでいなかったので、まだ実証はできないけど、頭の中でモヤモヤとしていたものが晴れた気がしましたよ。(ちょっと大げさかもしれないけど、ホントに。)


昭和43年のエッセイに教えられるとはね・・。
私だけ無知だったのか、日本がまだまだ無知なのか。
(千葉県産の赤肉メロンをネットで調べていたら、メロンのネット販売サイトにいろいろたどり着きましたが、青肉メロンと生ハムのギフトセットもあるようなので、やっぱり日本が37年前の伊丹十三氏にまだ追いついていないのかも・・・)


こんな調子で、まだ全然色あせていない、粋と知識の詰まったエッセイ集でした。
このエッセイをネタに、いくつブログが更新できるだろう・・・って思うぐらい。


そのうちまた更新。

「女たちよ!」伊丹十三


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2006年6月・追記

実践・生ハムには赤肉メロン」を更新。
実際に、赤肉メロンでためしてみた感想です。
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