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2006.06.08

ビジネス書としての「スイミー」

昔読んだものを改めて読んでみるとまったく違う印象になっていて驚いてしまうことがある。
最近のそれは、「スイミー」の絵本。

「スイミー」
弱くて小さな赤い魚たち。
そこに1匹だけ黒い魚スイミーが現れる。
スイミーが目の役割を果たし、みんなで大きな魚のフリをすることで、天敵の大きな魚に食べられてしまうことなく、大きな海を自由に泳ぐ・・・・というお話。

20年以上昔、「スイミー」を読んだときの感想はどうであったか。
ひとりひとりは小さくて弱くても、知恵があれば、そして皆でまとまって行動すれば、勝利し自由を得られる・・・というものだった。
自分の感想というよりも、そのように学校で教わったという気もする。
学校からすれば、賢いことの素晴らしさと、団体行動の素晴らしさを教えるうってつけの教材だったのかも。

ところが今。
子供にせがまれて改めて読んでみた「スイミー」。
まったく違う感想を抱いてしまったね、ワタシは。

「人間なるならスイミーになんなきゃ楽しくない」


小さな赤い魚たちよ、団体行動で大きな魚のフリをして海を泳ぐことが本当に自由な素晴らしいことなんか?
大きな魚に襲われない分、確かに安全かもしれないけど、それでいいんか?

社会人10年やって、酸いも甘いも味わったつもりの私には、
大きな魚のフリをすることが、会社に入ることに思えてしまった。

会社に入って確かに生活は保障されるんだけど、生活はがんじがらめ・・・。
泳ぎ疲れたから休みたいと思っても、違う方向に泳いで行ってみたいと思っても、団体行動を強いられる赤い魚たち。
それは会社の歯車となってしまったサラリーマン。
わたしよーーー!


比べて、ただ1匹黒いスイミーは、リーダーの隠喩。
岩陰に隠れているよりも、海の中を縦横無尽に泳ぎまわるほうが素晴らしいよ、という価値観の植え付けに成功し、小さくて弱い魚たちの組織化に成功。
ただ泳ぐのではなく、まとまって泳ぐことで、おたかも大きな魚にみせるという付加価値の創造
そして大きな魚であるというスケールメリットを利用して天敵の魚を追い出す、戦略。
スイミー、あんたはすごいよ、
真に自由なのはアンタだけだ。


スイミーだけが色が違ったというのも、比喩にしか思えない。
人間、人の上に立とうと思ったら、みんなと同じじゃだめなのよ。


絵本を読み終わって、
すごーく自然に、「スイミーのようにならなくちゃね。」と子供に言っちゃったんだけど、
母としてそれでよかったのか、ちょっと今不安。


スイミーについては清太郎さんが相変わらず妄想いっぱいの面白すぎるコラムを書いています。
こちらは身も心もまっくろけっけなスイミー。
暴君スイミー、独裁者スイミー。
歴史小説としての「スイミー」???
クライム・ノベルとしての「スイミー」???
うひゃー怖い!


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Comments

視点の面白さにいつも驚いてばかりです。

スイミー、読んだことはありませんが、読んでみたいと思わせる記事に脱帽です。

チョコレートコスモスもまだ読んでいませんが、いつかきっと読んでみせます。
スイミーもね。

Posted by: waffle | 2006.06.12 at 07:11 AM

waffleさん、こんにちは!

児童書ってあらためて読むと、意外な発見が多くてけっこう面白いですよ。
いつかシリーズにして書き綴ってみたいですね。

Posted by: Nolly Chang | 2006.06.18 at 12:46 AM

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