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2006.11.25

チャングム面白かったー!

今、私は誘惑に勝とうとしている。
もうすぐ23:10。
「チャングムの誓い」が先週終わって、今日から「チェオクの剣」が始まるみたいなんだけど、あえて見ないのだ。
このままブログ書くことに専念して、第1回を見逃せば、50数回分わたしは開放されるわけだ。


思えば「チャングムの誓い」も、第1回をたまたま見てしまったのが運のツキ。
あまりの面白さについ第2回もみて、そのまま全部54回(?)1年半ぐらいかけてみてしまった。
土曜の夜はチャングム~~♪だったよ。


なにしろ私は食べることで、健康で、元気で、美しくがモットーだから、
医食同源がずっと取り上げられているドラマっていうだけで嬉しい。
女官時代は身体にやさしく健康によい食事が紹介されていたし、
医女時代は、病気の症状をやわらげる食事が紹介されていて、
ものすごく勉強になったし、ますます食に興味がわいた。


物語も、起伏にとんでいてドキドキしたし、
脚本がよく練られているなぁと感心しました。
チェ一族へ復讐を果たしたことでハッピーエンドの最終回にならずに
同じようにチャングムも宮中の権力闘争に巻き込まれそうになるっていうあたり、
うなりましたね~。


本当に面白かった。
堪能しました。


多分、「チェオクの剣」も面白いんだろうな。
また時代ものなのかな。
剣客ものなのかな。

わたし、藤沢周平の秘剣シリーズ読んでるし、
池波正太郎の「剣客商売」シリーズも大好きだし、
またはまりそう・・・。


でも、見ない。
うん、見ない。


やっぱり1年以上、見続けるのがしんどい。
この1年半、土曜の夜ぐらい、したたかに飲みましょうよ~が出来なかったのは
「チャングムの誓い」を見るためだった。
(私はあまり録画はしないことにしている。たまる一方になるから)


今は、大河ドラマもみてるし、
平日夜のドラマも週に1本ぐらいはみたい。
(今クールは「のだめカンタービレ」に決定)


もうこれ以上、見ずにはいられない面白ドラマを増やせない・・・。

面白そうとわかってて見ない。
ものすごい矛盾だけど・・・。

生きるって「選択と集中」
土曜の深夜はテレビ以外でしばらく過ごしたい。


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2006.11.20

映画「父親たちの星条旗」

戦争映画は苦手だ。みていてつらいから。
我がままで横柄だと言われようと、私は今、自分自身の心の平静のためにも、悲惨なことからはできるだけ目をそらしていたい。
ただでさえ、毎日のニュースでいじめ・虐待・自然災害の報道が続くのだから、映画館では美しかったり夢のある話をみたい。

なのに、4ヶ月ぶりの映画館で見たのは「父親たちの星条旗」。
戦争映画だ。
クリント・イーストウッド監督作品。
監督が彼でなかったら、絶対に見なかった。
クリント・イーストウッド、あなたの「ミリオンダラーベイビー」は素晴らしい作品でした。


「父親たちの星条旗」は、日米が戦った第2次世界大戦の末期、
硫黄島での出来事をアメリカ側から撮った作品。
来月公開の「硫黄島からの手紙」は日本側からとられ、
2部作となっている。


感想を書く。


クリント・イーストウッドはものすごく怒ってるんだと思う。
今のアメリカに。
今の世界に。


物語の舞台はは、1945年2月の硫黄島とアメリカ。
硫黄島では日本軍の決死の抵抗にあい、思わぬ苦戦を強いられる。
アメリカ本土では、国民が戦争に嫌気がさしている。
でもホワイトハウスはここで引けない。
戦争は続けなければいけない。
戦時国債を発行し、財政を豊かにしなければいけない。


そこへ1枚の写真が登場する。
荒れ果てた硫黄島に、アメリカ国旗を掲げる海兵隊員の写真だ。


この写真が、冷めていたアメリカ国民の心を刺激した。
愛国心を駆り立てた。
ホワイトハウスは、さっそく写真に写っていた兵士を帰国させ、
英雄として祭りあげ、戦時国債キャンペーンの広告塔にする。


映画は、英雄となった3人の兵士を追っていく。


死と隣り合わせの戦場から、一転して英雄となり、
各地をまわっては戦争激励演説をする。
国債を買ってくれという。
どこへいっても毎夜派手なパーティで迎えられる。


戦場と、華やかなパーティー。


英雄となった3人は、帰国してすぐにキャンペーンに駆り出されたので
親に会うこともなかなかできない。

英雄のなかに、インディアン出身の男がいる。
英雄だ、英雄だ、とちやほやされるが、
インディアンだという理由で、レストランに入店を拒否される。

英雄だ、英雄だと言われ、必死に国債を売るが、
そのあとはもう用無しだ。
英雄といわれた男たちの末路も丁寧に追っていく。

映画では、星条旗を掲げた本当の男たちは別にいたというストーリーも交えて、
英雄とは何かを2重3重に掘り下げていく。


この映画をすごいなと思うのは、「今」この映画を撮ったクリント・イーストウッドの心情にある。

私は日本に暮らしているからわからないけれど、
イラク戦争が始まってから、おそらくアメリカにはたくさんの英雄が生まれた。
9・11のテロの犠牲者も、英雄にされた。
ブッシュ大統領は、イラクとの戦争にあたり、テロで亡くなったアメリカ市民の実名を何人かあげ、彼らがいかに善良で立派であったかを嘆き、彼らの無念のためにも戦おうと宣言した。
実名をあげられた犠牲者の遺族の中には、追悼してくれるのはいいが、戦争肯定のための演説に名前を使うのはやめてほしいと訴える人もあるという。


イラク戦争の英雄たち。


クリント・イーストウッドは英雄を祭り上げて、戦争を続けようとする政府に、ものすごく怒ってるんじゃないかと思う。
英雄って何ですか、
あなたがたの政策にそう人物が英雄ですか?

本当の英雄って何ですかと。


地獄のような戦場と、戦争キャンペーンの派手なパーティー。
その対比。
お酒と音楽と拍手喝さいの裏側で、銃弾におびえる兵士がいる。
もちろん、今日も。
今の世界にも。

日本人としての感想も書いておく。
1945年2月のアメリカって、こんなんだったのかーとしみじみ思う。
とても豊かな国だ。
そのころ日本は、ものすごく悲惨だったはずだ。
国民総出で戦時体制にあった。
学徒動員だよ、
みんな飢えてたよ、節子も飢えてんだよ、
ほたるの墓だよ、
滋養ってどこにあるんですかー!!の世界だよ。


来月「硫黄島からの手紙」が公開される。
戦争映画は嫌いだけれど、やっぱり見てみよう。
だってクリント・イーストウッドだから。

映画のオフィシャルサイトはこちら


過去記事 「ミリオンダラーベイビー」


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2006.11.12

「嫌われ松子の一生」山田宗樹

心にまたひとつ、小さなひだができて、悲しみの中にも温かい血液が流れ込むような、心に刻まれる本だった。


映画にもドラマにもなっているので(私はみていないけど)ご存知の方も多かろう。
松子という一人の女性の悲しい人生を書いた本だ。

風に揺れてる朽ちかけた伝言板                 裏切られるよりさまようほうがいい

福岡で生まれた松子だが、いくつかの事件がおこり、教職を追われ、そのまま失踪。
その後は恋人に尽くした挙句に自殺されたり、遊ばれたり、利用されたり、むくわれない。
仕事も転々とし、トルコ嬢にもなる。
覚せい剤にも手をだす。
同棲していた男を殺して服役する。
そして最期、何者かに殺されて、東京のぼろアパートで死体となって見つかるのだ。


便りがない日々に淋しさだけつのってゆく
影を引きずるぐらいなら名もない鳥でいい

最初は、ああああ~~究極のだめんず・うぉーか~ね・・・。と
かなりシラけた気持ちで読んでいた。
教職時代の事件ひとつとっても、世間知らずで判断能力に乏しく、プライドだけ高くて、場当たり的で、人の気持ちを考えなければ、自分の後先も考えない。
バカ女なのだ。

陽炎の様にゆらいでる約束の場所  はるか遠くの街


けれど、この本のうまいところは、
松子の死をきっかけに初めて松子伯母の存在を知った甥っ子の目をとおして松子の人生をなぞることで、ぐっと松子へ感情移入しやすくなる点だ。


誰かが全部幻だと教えてくれたら僕は
何処へ行くだろう


たしかに松子は、バカだ。
愛されたいと思うだけの何も考えてない大ばか者だ。

なまじ美人でスタイルがよいから、いろんな男が口説いてくる。
「愛している。ずっと一緒にいる」
そう言われればすぐに信じてしまう。


主を探している はぐれた雲に話しかける
何にすがった時に一つの旅は終わるんだろう


自分を愛してくれる男、自分のそばにいてくれる男。
熱っぽく口説かれれば、すぐにその気になる。


月は今日の夜もしんしんと照らしている
想うのはただ愛しい人の胸で眠りたい

松子は頭が良くて、器用で、一生懸命に仕事をし、
男に尽くす、男を信用する、そして裏切られる。


たとえ幻であってもせめて一夜の
ぬくもりに酔いしれたい

彼女の人生最後の10年は、またしても恋人に裏切られ、もう結婚も子供も自分には無理だろうという絶望の中、失意の日々だった。


裁判所の判決文にあるように、世間の常識は彼女を、
いくら幼少期に父親の愛が得られず、屈折した心を持っていたとしても、あまりに行動が場当たり的で、唐突で、うまく対人関係が築けない人間と言わざるを得ない。

けれども、おそらく誰の心にも愛を乞う本能があり、
誰かに愛されようと、そして自分もどんなことをしてでもその人を愛そうと望んで、そのために頑張って、いったい何が悪いのか。
私は松子ににらまれた気がした。


心の奥で消えかけたわずかな明かりを
もう一度両手につつんで

結局、松子は世間の悪意をすべて背負い込んで、死んでしまった。

陽炎の様にゆらいでる約束の場所  はるか遠くの街

映画はミュージカル仕立て、ドラマもそれなりに明るく作っているらしい。
理由はあまりにも暗い話だから、あえて楽しくしたとも聞くし、
松子の淋しい一生の中にも、恋人と暮らして楽しかった時間もあるはずだから、そこを強調したかった、という話も聞く。


でもやっぱり松子はずっと淋しかったんだと思う。


父親に褒められ、みんなに賞賛されるような人生を捨ててしまった日から、ずっと彼女は淋しかったはずだ。


本を読み終えるころ、私は松子をけなすことなく、ただ彼女の悲しみに、打ちひしがれた。


誰かが全部幻だと教えてくれたら僕は
何処へ行くだろう

「嫌われ松子の一生」を読んで、すぐに聴いた曲は、
山崎まさよしの「名前のない鳥」
寂寥感いっぱいのせつない曲だ。
(本文のところどころに引用したのはこの曲です)

私は松子が、故郷の九州や約束されていたはずの幸せな未来を想って、流しただろう涙を想った。
愛する人の胸に抱かれることだけが頼りであった松子の心を想った。
松子の心の中でもう一度灯りかけた明かりを、消させたくなかった。

とてもとても切なかった。


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「嫌われ松子の一生」 山田宗樹


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山崎まさよし「HOME」

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2006.11.10

後藤久美子に二度惚れ

今朝(11月9日)の日経新聞の折込広告ご覧になりました?
日本経済新聞第二部、広告特集、「クール・サムライ・ファム」というやつです。

日経の広告記事特集って、たいていは高級時計、高級ファッション、高級マンション、高級車の特集なので、縁遠い私は基本的に読まずに捨てていました(正確には、新聞回収に出してトイレットペーパーに替えてもらう)。
今回も、「クール・サムライ・ファム」という、微妙なセンスのタイトル。
宝石のショーメの広告がでかでかと1面を飾っています。

なので、即、新聞回収用の袋に投げ込もうとしたところ・・・・

同じく1面トップで、強く気高いまなざしを見つけました。

後藤久美子さんです!!


電車の中で早速、後藤久美子さんのインタビューを読みます。


全然知りませんでしたが、現在第3子妊娠中。
たしかに写真の腹部は少しふっくらしている。

写真は2枚掲載されていましたが、その美しさといったらない。
新聞紙面なので高画質な写真ではないにもかかわらず、髪の毛のつややかさ、肌のきめ細かさ、そしてオーラまで、はっきりと伝わってくるのだ。

幸福で、豊かで、健康な女性。
満ち足りた毎日を送る女性。

昨年の夏のTV「TOKYO美人物語」に出演していた後藤久美子に感銘を覚えたけれど、今日またこの女性に釘付けになってしまう。
惚れ惚れしてしまう。


インタビュー記事も少しさらっておく。


後藤久美子さんは、仕事を離れて毎日がプライベートになってから、ようやくファッションを楽しめるようになったそう。気分にあわせて落ち着いた色も、原色も、プリントものも何でも着ているらしい。

大切にしているのは
「どんなに欲しくても、似合わなかったり、コンプレックスを隠してくれないような服だったら、あきらめます」
とのこと。

はぁぁぁあ?
コンプレックスって、アンタ・・・。


「(コンプレックスは)もちろん、ありますよ。モデル体型というわけではないし。だから少しでも自分をきれいに見せて、自分を元気にしてくれる服しか選びません」

さらに、

子供たちが恥ずかしいと思うような、派手なだけで品のない服は決して買わない。

「どんなにラフなものでも、着崩しても、下品にならないこと。これだけは気をつけています」


ふーむ。

このインタビュー、「鼻につくわー!!」なんて思わず、素直な気持ちで読みかえす。

後藤久美子ほどの人でも、似合う服と似合わない服があり、さらにはコンプレックスがあるという事実。
わたしにはまったく想像できませんし、仮に教えてもらっても「どこが???」と思うだけでしょうが、多分本当に、本人にはあるのでしょう。
そしてそれを隠すように努力している。

あんなに美しい人でも、自分を美しくみせるために努力しているという事実。
自分を研究しているという事実。

ましてや私は、である。


また母親としての立場で、洋服を選んでいるという姿勢。
派手なだけで品のない服は決して買わない、それはつまり、母親として過剰なセクシーさは要らないとか、母親として幼稚な服は着ないとか、母親としての威厳なのかもしれない。

(自首します。ユニクロキッズで、自分用にドラエモン・コラボTシャツ150センチを買いました。夫に、外では着るなと呆れられました。本当は、あくびちゃん・コラボTシャツも欲しいんです)

現在彼女は32歳。
すでに10歳と7歳の子供がいる。(驚愕)
そして来春には第3子が生まれてくる。
今は、子供たちをきちんと育てることが、自分の役割なのだと語る。

外国暮らしも、子育ても、大変なこともあるけれど
「厳しいなあと思うことがあっても、できるだけ、さりげなくこなしていけたらと思うんです」


彼女は美しい女性なのではなく、生き方が美しい女性なのだ。

過去記事   TV「Tokyo美人物語」


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2006.11.04

映画「いま、会いにいきます」

竹内結子と中村獅童の結婚のきっかけとなり、そしてその結婚が破綻したことで再び脚光を浴びている作品。
まだ見てないなら、絶対みなきゃダメって言われて、見てみた。


前半からもう涙が止まんない。

まずは再会のシーン。
死んでしまった母との再会を信じ、母を想う6歳の息子。
妻を信じる夫。
記憶を失った状態で、約束どおり雨の季節に戻ってきた母。


映像の美しさに、おとぎ話へと引き込まれてしまう。


記憶を取り戻そうと、夫に2人の馴れ初めを尋ねる妻。
高校時代から始まる2人の恋・・・。
純粋で一途な想いに、また涙・・・。


そしてそしてそして・・・。

まだ見てない人もいるだろうから、もう書かないでおく。


もうね、韓国の純愛映画さながらですよ。
運命の恋人なんですね、この2人は。
さらにね、「死ぬまでにしたい10のこと」という映画でもある。
こっちの映画では、主人公が死ぬまでにしたいことの1つが、「夫以外の男との恋愛」だったのですが、「いま、会いにいきます」は違うんだな。
重ねて言うけど、運命の恋人なんです。
何度あっても恋に落ちる2人なのです。


映像が美しい。
雨が美しい。
すべてをやさしく包み込む雨は、温かい雫のようだ。
夏の始まりのまぶしい光。
それは希望の光。
決して別れを告げる光ではなく。


竹内結子と中村獅童もいい。
お互いがお互いを想う気持ちがすべてで、
記憶喪失の女と、少しだけ脳(神経?)に障害のある男が、まっさらな気持ちで恋をする。
他には余計なことが何もない。
目の前にいる相手を愛しいと感じる、それだけが全て。
そんな演技をしたら、演技を離れても相手のことが心に残ってしまうのは当然なのかもしれない。
竹内結子と中村獅童が本当に結婚してしまうのも無理はない。


映画の中で、竹内結子が獅童に言う。
短い間でも、あなたの隣にいられて幸せだったと。

離婚となってしまった今も、竹内結子はそう思ってるんだろうかと、
余計なことを考えてまた涙。


映画の中で、竹内結子が息子に言う。
あなたを産むために、パパとママは出会ったの。
あなたが生まれて幸せだったと。


離婚となった今も、竹内結子は子供に同じ気持ちで話せるのだろうか。
と、また余計なことを考えて涙。


映画では、2人の純愛がそれぞれの側から描かれていて
涙がとまらなくなった。


現実では、2人の離婚が片方からしか報じられなくて
なんだか切なかった。


ニュースでは、弁護士たてて離婚要求なんて聞いたけど、
やっぱり現実では「いま、会いに行きます」って気分じゃないのかな。


時節柄、本当に余計なこともたっぷり考えてしまったけれど、
これは本当にいい映画。

美しいおとぎ話。


やさしい雨のように、
やさしい涙が流せます。


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DVD 「いま、会いに行きます」


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