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2007.08.17

戯曲「欲望という名の電車」テネシー・ウィリアムズ

久々に戯曲を読みました。
T・ウィリアムズの「欲望という名の電車」(小田島雄志・訳)。

T・ウィリアムズの「ガラスの動物園」がとても繊細なお話で好きだった・・というのも1つですが、
昔読んだ「チョコレート・コスモス」恩田陸で、
「欲望という名の電車」のブランチ役は、女優なら誰もが一度はやってみたい役どころ、
というような記述があったので、しっかり読みたいと思っていたら・・今日に至ったのですね。


感想は・・・・。

うーん・・・・・・。

女優って、美しくて弱くて、最後は発狂しちゃう役をやりたいんですかね。
わからない。


ブランチはアメリカ南部の、大地主の娘。
しかし今は落ちぶれて、屋敷も抵当に取られてしまう。
ニューオリンズで暮らす妹を頼って、欲望という名の電車にのってくる。
大地主の娘で、美しく、教養の高い、高貴な女性というプライドを持って。
一方、妹のステラは、そんなプライドはなく、
労働者階級の男・スタンリーと気ままに暮らしている。
場違いなブランチと、乱暴なスタンリーは反発しあう。

ブランチは、高貴な女性として、ミッチという崇拝者を得るが、
実はブランチが、故郷ではお金に困って売春まがいのことをしていたとスタンリーに暴露され、
ミッチという崇拝者も、彼との結婚も、すべてを台無しにされてしまう。
挙句、ステラが産気づいて病院に運ばれた夜、
ブランチはスタンリーに乱暴され、発狂し、精神病院へと送られる。


スタンリーは、アメリカの新しい時代の象徴のような男。
乱暴で粗野・・・それはワイルドでセクシーともいえる。
自分の力で、切り開いていく男、
アメリカンドリームやゴールドラッシュの担い手を連想させる男。
アメリカを興す新しい労働者階級の象徴だ。

一方でブランチは、古き良きアメリカの象徴であり、
時代の波に呑みこまれて、滅んでいくものの象徴。


持っていたものがすべて取り上げられ、
最後に残っていたプライドまでが踏みにじられ、
気が狂っていく女。


こういう役が、人気あるんですかね。
女優さんには。


確かに、どういうふうに発狂するか、は魅せ所ではある。
大げさすぎては滑稽。

昔、大竹しのぶのマクベス夫人をみたが、
目が焦点を失い、言葉がかすかにうわずり、微妙に手足が震えているのが、
なぜか新国立劇場にいる観客全員に伝わる・・・というのを見た。
不思議だった。
だって私、視力悪いのに。(そこか?)

それはさておき、
ブランチより、スカーレット・オハラのほうがよくないかな。
南部の没落貴族で、財産も恋人も幼馴染もすべて失っても、
「でも私にはタラ(故郷の土地の名前)があるわ!」と
立ち向かっていく女のほうが、断然カッコイイ。

哀れみを誘う役よりも、
観衆の心をわしづかみにするような光を放つ役のほうが、
女優として演じ甲斐があるように思うが・・。


(と、思ったら、ビビアン・リーって、両方演じてるのね。すごい!)

Photo

「欲望という名の電車」テネシー・ウィリアムズ作
(ただしこちらは小田島恒志・訳です)


過去記事: 「チョコレートコスモス」 恩田陸

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