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2009.06.18

TVドラマ「アイシテル」最終回

結局、涙を流し、鼻水まで垂らして観てしまった最終回でした。


これまでの「アイシテル」を観た感想ブログをいくつか読んだら、
殺されてしまった被害者少年キヨタンを、性格が悪い子供といい、
加害者少年・智也を可哀そうだと述べるものが数多くあった。

キヨタン殺害は、事件ではなく事故というとらえ方もあった。


私は反対意見で、
自分より年少の幼い少年がどんな暴言を吐こうと、
殺してはいけないと思う。
まして智也がしたことは、キヨタンの頭を何度もアスファルトに打ちつけて死に至らしめたわけで、これは事故ではなく、一時の激情で突発的な行為とはいえ、明かな殺意があり、殺人事件でしかないと思っていた。


さあ最終回、どう持っていくのだろう?
私は納得できるのだろうか?

そう思ってみました。
本日22時。

結果。


泣きました。
納得しました。


思いのほか早く(たった1年で)児童相談所の施設から出てきてしまった智也。
明るく迎える智也の両親。

けれど、智也自身が、自分の罪を重く感じていた。
自分を責め続けていた。

そこなんだよ。

1年で出所していいと言われようが、
10年施設にいろと言われようと、たぶん関係ない。

人を殺した罪は、一生自分自身が背負うもの。

私は、智也自身が、罪の深さに向き合う姿をみて泣いた。

ドラマ中盤では「あの子が悪いんだ・・・」と言っていた智也が、
キヨタンがもうこの世にいないのに自分が平然と生きていることに苦しみ、
生まれてくる命の尊さを前にして、自分がしたことを悔やむ姿に、
苦しいことだが、それを背負ってこそ智也の人生だと、
素直に泣けた。


さらに、被害者家族の母(板谷由夏)の言葉、
「あの少年もきっと苦しんでる。苦しんでいる子をさらに恨んでも、何もうまれない」という達観に、
鼻水まで出して泣いた。

私は、智也の罪を厳しくとがめる姿勢でこのドラマを見ていた。
とはいえ、たとえ智也が厳罰を科せられても、
たとえ死刑になったとしても、
被害者家族が救われないだろうとは思っていた。

殺されてしまった子供は戻らない。
失ったものは大きすぎて埋まることはない。

犯人を恨めばいいのか、
自分を恨めばいいのか、
憎しみを何にぶつければいいのか、
憎しみを犯人にぶつければ解決するのか、

何も解決しない。

おそらく、心にぽっかり穴があいたまま、
どうやって生きていくのか考えるしか、
遺族に残された道はない。

家族で休日を楽しく過ごしているようでいて
傍らに置かれたキヨタンの写真。
それを淋しげに見る板谷由夏のショット。


悲しみを抱えつづけながらも
前向きに生きて行こうとする被害者家族。


生まれたばかりの弟に触れ、
清貴くんごめんなさいと泣き崩れる智也。

罪の意識と深い後悔を背負い続けながら
やはり前向きに生きていこうとする加害者家族。


それぞれの家族が道路越しにすれ違うラストシーンも、
笑顔のうしろにあるそれぞれの苦しみがわかるからこそ、
よいシーンだった。


でも、やっぱり、子供が死んだり傷ついたりするドラマは
観たくないよな、と思います。

ただでさえ、ひどいニュースが多いのだから。


過去記事

TVドラマ「アイシテル」第8話
ワンセグで観るTVドラマ「アイシテル」

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2009.06.10

本「女装する女」 湯山玲子

面白いタイトルだったので読む。
湯山玲子・著 「女装する女」


私も実はそうなんだよね、女装しています。

なーんて書くと、Nolly Chang は実は男だったのか?と思われそうですね。
そのわりに、過去ログに妊娠日記なんてあるのは何故?ですよね。

女ですよ、私は。

でもほっておくとオジサンです、生態は。


このブログでも書いたことあります。
「地図と池波正太郎と、ヒミツの私」
これ、まさに女装する自分のカミングアウト記事です。


つまり、実態はオジサンとほとんど変わらないけれど、
女なので、ちゃんと女らしく外では振舞おう、という
それが「女装」です。


もう男とか女とか、関係ないのよ、世の中は。

がむしゃらに働き、出世を目指すもいるし、
毎日定時で帰って趣味に時間を割くもいるし、
呑み屋で焼酎にあたりめを頼むもいるし(過去の私よ)
自分でお弁当を作ってくるもいる。


昔は、「女は女らしく」という社会の圧力があり、
仕方なく女装していた女もいたのかもしれない。

その後、反動でユニセックスなファッションが流行った時期もある。

そして今。
今度は女を楽しみ、女であることをコスプレ感覚で楽しむ時代だ。


キラキラでデコラティブなネイルアート。
胸元をみせつけるようなファッション。
下着のような外出着。
網タイツにハイヒール。
フリルに、リボン、ハートのモチーフ。

セクシーであること、
可愛くあること、
それらを過剰なぐらいアピールすることがウケている。

なぜなら、これは「女装」だから。


IKKOさんの美容本が売れ、
はるな愛のメイクやボディケアが雑誌にのる。

女は、「彼女」たちのことをキワモノだとは思わない。
女装する同類であると認識している。
だから参考にする。

本「女装する女」では、ドラマ「働きマン」に的確なツッコミをいれていた。
主演の菅野美穂のキメ台詞「男スイッチ入ります!!」は安野モヨコの原作を読み違えていると。

この指摘に非常に納得がいった。
私は「働きマン」(菅野美穂主演)を見なかった。
理由は番宣で菅野美穂が「男スイッチ入ります!!」と言ってから猛烈に仕事をしてたからだ。
非常に違和感を覚えた。
男スイッチなんか入れなくても、猛烈に仕事してますから。
猛烈な仕事=男スイッチON!というのはバイアスじゃない?と。

原作および、世の中の実情は、
今夜はデート、というときに、
「女スイッチ入ります!!」なのだ。
がんばって女装して、女らしい気配りみせて、
女らしい言葉も使うために、女スイッチいれるのよ。

本「女装する女」は、こんな感じで、今どきの女たちのことを書いた本。
スピリチュアルに走る女や、
エコにはまる女など、
基本的にはキャリアとお金がある、未婚女性の生態を描いた本かな。
子供と人生を楽しむママの話もあるけれどね。

新潮新書ですが、ジェンダー論になるわけでもなく、
こんな女いるいるー、
いや、それはないでしょ、
あ、これ私のこと?
などなど、適当に楽しむ本だと思う。

女装する女 (新潮新書)

Photo


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2009.06.04

TVドラマ「アイシテル」第8話

相変わらず、ワンセグで観ました。このドラマ。


加害者の9歳の少年・智也は、
毎週お父さんとキャッチボールしていて自分より上手な清貴くんに嫉妬し、
毎日「おかえり」といってギューしてくれるお母さんがいる清貴くんに嫉妬し、
さらに自分の母親を否定されたことに怒って、
衝動的に殺害してしまったらしい。


そんなんが、最初の審判に日に明らかになるのですが・・・。


作り手側は明らかに智也と両親(稲森いずみと山本太郎)に同情を寄せさせようとしているのですが、
ものすごい違和感!


稲森いずみ演じる母親、たしかに苦悩でいっぱいで可哀そうで、
みてると泣けてきちゃう。

でも、
「きっかけはトイレに行きたかった清貴君を助けようとしたのね」
「お母さんのことを悪く言われたから、お母さんのためにしたことだったんだね」
などと、
“智也はやさしい子なんだ”
という感想ばかり。

いいのか?それで?

智也が猟奇殺人に興味があったとか、
破滅願望があったとか、
そうゆう殺害動機じゃなくてほっとしたのかもしれないけれど。


なんだか稲森いずみ的には、清貴君殺害はすっかり「事故」みたいな扱いで、
智也が帰ってきて、家族でまた暮らせる日のことばかり考えてる気がする。

それって違うだろう?


智也はたとえ家族のことを悪く言われても、
大切なグローブを投げつけられても、
年下の清貴くんに暴力をふるったり、まして殺害してはいけない。

智也は取り返しのつかないことをした、
それをきっちり伝えなければいけないのは、
家庭裁判所でなく、親のすることだ。

そのうえで、親として智也を一生見捨てず、
智也の更生に尽力するのが仕事なのだ。

なのに、「智也は本当はいい子。ママはわかってる」みたいなセリフは、
自分への慰めでしかない。
今いうべき言葉じゃない。

智也のほうが、わかってきている。

最初は、「あの子が悪いんだ・・・」と言っていたのに、
審判の時には、「僕はあの子の言うとおり、悪い子なんだ!」と叫んだ。

智也は日誌にすべてを書いたことで、
自分がしてしまったことに、気がついたのだと思う。


清貴君殺害は、計画的犯行でもなく、
衝動的な、悲劇だったといえる。
でも、確かに幼い子供の命は、智也の手で奪われた。

それを認め、悔い、
法の裁きとは関係なく、一生心に背負っていかなくてはいけない。


母親(稲森いずみ)は、家族3人で幸せになろうとする前に、
家族3人で地獄に行く覚悟をもたなくちゃいけない。

そこまで決意しなきゃ、智也はやっぱり救われないのよ。


智也がまた母親に心を閉ざした原因は、そこなんじゃないかと思う。


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4月から自分の子供をカギっ子デビューさせたママ友と、
「みてらんなーい」とギャーギャー言いながら観ています。

前回も書いたけど、
世の中のキャッチボールしてあげてない父親、
働いている母親を、
そんなに追い詰めたいのか!といやになる。


日本テレビは、「14歳の母」とか、
衝撃的な事件を起こして、
安易な予定調和で終わるドラマが多い。

「アイシテル」が、
加害者家族・被害者家族がそれぞれ明るく再起するような終わり方したら、
うんざりだな。

過去記事:

ワンセグで観るTVドラマ「アイシテル」

ドラマ「14才の母」に望むこと

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