2009.05.19

婚活の注意点

婚活って言葉がはやってますね。

いいんじゃないですか、
素敵な相手を積極的にみつけて、
自分のことも好きになってもらって、
毎日を幸せに暮らすの。
がんばってほしい!


けれど、気になることもあります。

「もう働くの嫌だから、結婚したーい」という結婚願望。
昔でいう「永久就職」願望ですね。
仕事を辞めるために「婚活」始めるという人もいます。

私はそういう愚痴を聞くたびに、苦言を呈しておりますよ。

今は不確定で、不安定な時代。
大企業だとしても定年までの雇用の保障が絶対でなはく、
給料は上がっていくのかさえもわからない。

そんな時代に、
「俺がお前をやしなってやるぜ」的な気概のある男性は少ない。
あるいは、男性にそんな役割を押しつけるのは可哀相です。

今はむしろ、
「私も一緒に頑張るよ!」という女子のほうがよい。


だから婚活するのなら、まず「自活」できる女子になることです。

仕事で経済的に自立しているもよし。
美味しい節約料理で自炊しているもよし。

要は、「頼りになる女性」「相手を支えられる女性」であることが
いまの時代、一番のアピールになるんじゃないでしょうか。

自分の人生の幸福と安定を、すべて相手に丸投げするような結婚は、た・ぶ・ん・ですけど、うまくいかないと思います。

出会いを求めて活動するのは、すっごくいいことだと思いますが、
結婚ってむしろ相手の人生を自分が背負ってあげるぐらいの覚悟が必要。
そんな相手をみつけてほしい。


ちなみに私の結婚は、
全体的には「期待したとおりの幸福」が叶い、
部分的には「こんなはずじゃなかった」でいっぱい(笑)。

そこを自分らしく乗り切っていけるかどうかが、大事なんだろうなと思ってます。


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2009.02.22

NHKスペシャル 「うつ病治療 常識が変わる」

NHKスペシャル 「うつ病治療 常識が変わる」を観た。

以前、仲間うちで食事に行ったら、
私以外の全員が軽いウツの症状があり、
定期的に心療内科で薬をもらっていると言うから驚いた。

他にも心療内科に通う友人がいる。

うつ病は本当に身近な病気なのだ。

彼らを心配しながら、常に疑問だったこと。
それは「うまく眠れない」という人に、睡眠導入剤を処方し
「気持ちがふさぐ」という人に、抗うつ剤を処方して、
治療してますという医療のありかただ。

近頃、「うつは心の風邪です」などどいうが、
それも胡散臭いと思う。
熱が高い人に解熱剤、鼻水出る人に鼻水止め、
咳が出る人に咳止め・・・
たしかに風邪なら対処療法と十分な休養で治る。


うつ病もそんな対処療法で治るものなのか。
非常に疑問がある。

だって友人たちは、睡眠薬で一時的に眠れたとしても、
なんにも改善していないというもの。

やっぱり、なんで眠れないのか、
何が気持ちが落ち込むのか、
その根本的な原因を探り当てていくことのほうが有効なのではないか。


NHKスペシャル「うつ病治療 常識が変わる」では
日本のうつ病治療が安易な投薬に頼り、
治療に結びついていない現状を取り上げ、
イギリスで効果が出ている「認知行動療法」を紹介していた。


認知行動療法では、うつ病患者の心のありようを丁寧にきき、
本人ですら気が付いていない、自分の気持ちを認知することから始めるようだった。

何が悲しいのか、何が不安なのか、
漠然としたものを少しづつ明らかにしていき、
セラピストは時に同調し、時に新しい見方を示唆し、
患者の気持ちを整理させ、楽にさせているようだった。

もちろん投薬はなし。


日本ではこのような診療は保険適用外なので大変高額らしい。
けれど、うつ病の治療には必要なことだと思う。


処方される薬がどんどん強くなっていくとか、
数が増えていくなんて話を聞くと、
本当につらいもの。


NHKスペシャル 「うつ病治療 常識が変わる」


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2009.02.17

教育費の価格破壊の先に

今朝の日経新聞朝刊に、授業料を下げる塾が出てきた、との記事。
やっぱりきますよね。
教育費の価格破壊。

昨日発表されたGDPが石油ショック以来の悪い数字とのこと。
景気悪化もここまでくると、教育費だけは聖域だから・・
とは言えない家庭もでてくるのでしょう。

そして偶然でしょうか、
同じ今日の夕刊には、仏文学者の鹿島茂さんがコラムにて
授業料一切無料で、給料すら出る国公立学校の設立の必要性を
論じていました。

拍手喝采です。

とくに、ここ。

「また、実際に蓋を開けて見たら、貧困家庭の子供たちは圧倒的に少なかったという可能性も充分にある。
 だが、現実にそうだとしても、私は、こうした授業料一切免除・衣食住の心配一切皆無の国公立学校が日本のどこかに存在しているとうことは、親の事情で格差社会のドン底に落とされた子供たちに無限の夢を与えると思う。」

そうだよー。
貧困家庭の子供の救済じゃなくて、
本当に優秀で意欲のある学生のためならば
国が援助して育成してくれるというのが大事なのだ。


現在も
防衛大学校、防衛医科大学校、
海上保安大学校、気象大学校、航空保安大学校は、
国家公務員扱いのため、授業料無料で給与も出るのだけれども、
軍事色がなくて、卒業後の進路も選べるような無料の国公立学校があると良いと思う。

私立大学は反発するかもしれないが、
中身のある大学はちゃんと残るはずだ。


昨年11月も
「教育費に価格破壊はくるか」という記事を書きました。

教育にお金をかけてあげることは素晴らしいことです。

しかしながらお金だけ出して塾に丸投げでは意味が違う。
有名な学校に入れればもう安心と思うことも違う。

逆にお金がなければ良い教育を与えられないと思うなんて
もっと愚かしいことなのだ。


いい機会です。
良い教育、質の高い教育って何なのか、
どうして子供に学ばせたいと思うのか、
私は何に対してお金を払うのか、
ちゃんと考えたいとおもいます。


現時点での私の回答は
子ども自身の「学びたい意欲」をかなえるためになら、
お金を出したい、かな。


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2008.11.03

教育費に価格破壊はくるか

結論から。
教育費にも価格破壊はくる、と思っています。


株が大暴落、アメリカはこのままリセッション入りの様相、
日本の景気も悪化がどうも確実な昨今、
それでも教育費だけは削れない、という調査結果があるようです。


しかしね~。
子供の数は減少中で、大学全入時代です。

全入どころか、生徒が足りない学校も出てくるでしょう。


大学側も生き残りをかけて差別化をはかってはいるけれど。

今行われているのは、質の向上ですね。
有名教授がいるとか、
研究設備が整っているとか、
キャンパスが素晴らしいとか、
就職率がいい、
資格試験の合格率が高いとか・・。


だけど最後にやってくるのは、

「学費が安い」
だと思います。

ただ安いだけでは相手にされません。
上に書いたような質の高さを持ちつつ、
他の大学との差別化でさらに「安い」を持ち出す。

慶応大学がもう始めていますね。
ニュース<慶応大学が入学金40%削減、近く全廃>

慶応大学のようなネームバリューのある大学がやりはじめたら
ほかも追随せざるをえないでしょうね。

優秀な学生のための特待生制度の拡充からスタートし、
通常の学費が他大学に比べて安い、が出てくるはずです。


大学だけではなく、私立高校、私立中学も同じことだと思います。

そして、塾も。


子供の数は少ない。
1人の子供が行く学校は1つ。
通う塾だって、1つか2つでしょう。


それを取り合うために、
質が高いのに安い、は必ず出てくる。

(そうでないと困るんです)


入学の際に、300万円の寄付金を要求する有名私立小学校もあるし、
中学生、高校生のお子さんを持つ先輩ママは月10万円の塾代を払っているという。

けれどエスカレーター式の有名小学校に入れちゃえば安泰というわけでなく、
高い塾に入れれば必ず第一志望に合格するというわけでもない。
教育ってお金で解決できるものじゃないのです。


子供の数が減っていて、
景気が悪くなっている経済状況の中、
適正価格になっていかなきゃおかしい。


教育費にかけるお金、きっと削れます。

むしろ大事なのは、子供たちに学ぶ意欲を持たせること。

たいして勉強しなくても入れちゃう学校が増えていく環境下で、
勉強をがんばるというモチベーションを持っていてほしい。

学ぶ楽しさを知り、
学びたいという意欲さえあれば、
その子は大丈夫だと思う。

お金より必要なのは、勉強の必要性をとき、
学ぶ楽しさや喜びを教える、
親や先生や身近な大人の存在です。

わたしもそこは頑張っときます。

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2007.08.28

本「辞めない理由」碧野 圭

痛いところを突かれまくって、ようやく癒えてきた古傷のかさぶた抉り取られて、いたぶられた気分。
はー、苦しかった。

「辞めない理由」
ワーキングマザーのつらい立場を冷静に書いていて、胸が締め付けられる本でした。


主人公は、
家事も育児もしながら仕事も完璧。自分の時間はなく、働きに働き頑張っている。

だけど。
その頑張りはたいして評価されず、むしろそんなに大変なら辞めればいいのに・・・と思われている。

さらに。
本人はものすごく大変でも、はたから見れば、仕事も家庭もお金も手にしている女性。
他の女性からは妬まれる対象。

そして。
仕事の出来る女性を敵視するタイプの男性もいる。

そんなわけで、ワーキングマザーには理解者よりも敵が多いのだ。

にもかかわらず、この本の主人公の和美は、
優秀だけど一匹狼タイプなので、ますます敵が増える。

忙しいし、時間に追われてるから、部下に頼むより自分で何でもやってしまったほうが早いと思ってるタイプ。
社内営業なんてまったくできないし、やろうとも思ってない。
こういう性格もどんどん裏目に出る。

結果、役職から降格、左遷されちゃうのだ!

しかも子供は学校で問題を起こし、教師からも他の父母からも
「母親が働いていてちゃんと子供を見てないから」と非難される。
夫にそれを愚痴れば、
「子供の世話を他人任せにしてるのは本当だよね」と言われる始末。


あちゃーー!!!
万事休す、四面楚歌。
これがワーキングマザーの現実なのか?!


私にも実体験として思い当たる部分がいろいろあり・・・。


読みながら呼吸困難をおこしそうでした・・・・・・。


最後、主人公・和美は、持ち前のプロフェッショナリズムを十分に発揮し、
なおかつ欠点も克服する糸口をつかみ、
大きく飛躍していく。カタルシスー!


しかし一方で私は・・・・
結局、自分が積極的に育児に関われる働き方へと転換しちゃって、
和美のような華々しさは得られなかったな。
ため息・・・。


自分が選んだワークライフバランスを後悔はしてないけど、
「壁」にぶち当たった当時に、読んでみたかった本かも。

Photo


「辞めない理由」 碧野 圭


以下、昔、壁にぶちあたっていたころのブログ記事。

「出産しても働くには理由がいるの?」

「説教好きに大人の対応・・・?」

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2007.07.31

参議院選挙に思う、4度倒せとチンギス・ハーンは言った。

参議院議員選挙が、自民党大敗・民主党の大勝で終わった。
ひょっとすると、これは大きな節目への第一歩なのかもしれないけど、
白けまくってるのは、私だけ?


なんだかねー、
自民大敗、民主圧勝と聞いても、
「これで政治が変わる!世の中が変わる!」と
明るい気持ちになれないんですよ。

衆議院はまだ自民党が大多数だからとか、
安倍総理は続投らしいから・・とか、
そういう意味ではないです。


自民から民主に替わっても、なんか変わるの?という
冷めた部分が多いんだよねー。


今回の民主党の躍進は、民主党への期待が膨らんだというよりも、
年金問題や、ふがいない大臣続出で、
自民党に対して失望し、お仕置きしましたーという感じ。

今回、私がどの党に入れたかはひみちゅだし、
友人たちがどうしたのか聞いてないけど、
選挙翌日の日常会話の端々に、私が感じたのは、
「よりよい未来への期待」を込めた一票よりも、
「ダメダメな最近への反省」を込めた一票を投じた人が多かったのではいか、ということ。

前回の衆議院選挙で自民党が圧勝したときは、
「小泉フィーバー」と言われた。
小泉さんに国民が期待した結果の圧勝ということだ。

今回、「小沢フィーバー」「民主党フィーバー」とは言われない。

選挙結果を見れば、多くの国民が今の与党・自民党に不満を持っているということは明らかなのだけど、
じゃあ他の政党に希望を託しているようでは、どうもないらしい。

だから選挙結果をみても、「あ~そ~」と思うだけで、
何かが良い方向に変わる!とあんまり思ってない。


私の閉塞感、気持ちの盛り下がりの原因はそこなのか?


じゃあいったいどうしたら、私は希望が持てるようになるのかなーと
今日の電車の中で考えた。
ひまだったからね。

結局のところ、もはや私は、「誰か」に期待していない。
あの政治家ならとか、あの政党ならとか、
そういう期待感がない。
(そーなの、、無党派層とは私のことよ)

正直、もう今の日本は、誰がやるかという「人事」の問題じゃないような気がしてる。

思い出したのは、毎朝楽しみに読んでいる日経新聞朝刊の連載「チンギス・ハーン」だ。

チンギス・ハーンは宿敵の・金国を倒すにあたり、
「4度倒せ」といっていた、(気がする)

たしか、1度倒しても、
金の人々は、人事のせいにする。
軍人の将軍が悪かったのだ、戦略が悪かったのだと。

2度倒すと、今度は組織のせいにする。
たとえば軍隊の構成とかですか。

3度倒すと、今度は国の構造のせいにする。

だが4度倒すとようやく、考え方そのものが間違っていたことに気がつく、

だから4度倒さないと、本当には制圧できない。
・・・・・とかなんとかだったように思う。
(寝ぼけた頭で読んでるし、読むと捨てちゃうのでうろ覚えなのさ)


このチンギス・ハーンの言葉を思い出したの。

そーなんだ、今、世の中は、安倍総理が悪いとか
自民党議員が悪いとか、
何かと人事のせいにしようとしてる。

でも、人がかわっても、たぶんダメだと思うのだ。

失敗すると、まずは人事交代があり、人のせいになる。
それでも失敗すると組織の責任。
次は構造。

でも変えなきゃイケないのは、基本的な姿勢・考え方。

政治家としての理念。
4回選挙で負ける前に、
もういちど改めてほしい。

(TVの選挙特番で、自民党の大敗を「戦略ミスですか?」とか、
「投票を1週間ずらしたことが敗因でしょうか?」などと聞いている司会者がいた。
そんな枝葉末節に敗因を求めるなよ。)


国民も同じ。
国民として望むことと、国民として果たすこと、を明確にすること。

それは私にも求められていること。。

政治家や政党のせいにばかりもしてらんないんだよね。


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2007.07.27

「いじめ」を心配する親御さんへ

ママ友達と何気ないおしゃべりをしていて、ふと「いじめ」問題に話がとびました。

何気ない会話のなかで語る「いじめ」問題ですから、
あげあしとってみても仕方ないんですが・・・。

気になるんですよ。


「自分の子供がもしイジメられたら・・・て思うと怖いよねー」って。
その発言が。

けっこういろんな親がそういいます。
自分の子供がいじめられないか心配という親が。

でもそれって違うんじゃないの???

例えば30人編成のクラスがあり、イジメがあるとします。
こういうとき、大抵はいじめられてるのは1人です。
たくさんはいません。
つまり、あなたのお子さんがいじめられる可能性は30分の1です。

反対にいじめる側にまわる確率はどうでしょう。

中心的にいじめるグループというのは、5人ぐらいのグループかもしれません。
では仮に5人として、あなたのお子さんが中心的ないじめの加害者になる確率は、
30分の5。
6分の1です。

さらに、だまってイジメを黙認したり、
無視することに参加したりすることも「いじめ」の加害者と考えれば、
あなたのお子さんがイジメる側にまわる確率は、30分の29です。


つまり、確率でいえば、
大抵の子供はいじめる側に回るんですよ。


ええ、ええ、わかってます。
あなたの子供も、私の子供も、世界中のこどもたちは、
みんな良い子で、優しくて、
いじめる側になるなんて思えない。
そうでしょうね。

でも確率としては、いじめっ子になる確率が高いのです。


だからね、世の中から「いじめ」をなくしたいのならば、
我が子を「いじめ」のない環境で育てたいのなら、
考えるべきことは、こうなります。

「うちの子がいじめっ子になったら、どうしよう」


ちょっとしたことですが、物事の考え方が変わると、行動がかわります。


「いじめられないように・・・」という考え方でいると、
子供の育て方はどうなるでしょうか?

できるだけ皆と同じようにしますか?
皆が持ってるなら、我が子にも持たせますか。
できるだけ目立たぬように育てますか?
長いものには巻かれとけと教えますか?

結局それは、何か異質な子供をいじめる温床になるだけです。
誰かがいじめられたら、遠巻きにみておくだけの子供を育てるだけです。

では
「我が子がいじめっ子にならないように」と考えたら、
どんな風にこどもに接しますか?

多様性を受け入れるように、教えませんか。
やさしさと誠実さをもって人に接するように教えませんか。
誰かを仲間はずれにすることや、悪口をいうことが
とてもくだらなく、とても卑怯で、とても恥ずかしいことだと教えませんか。

「いじめ」をなくしたいならば、
「いじめっ子」をなくすための努力をしなければなりません。


確率で言えば、
30分の29の確率で(30人クラスなら)
あなたのお子さんも、うちの子も、いじめっ子になるのだから。


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2007.06.24

子育て支援で入院したい

今日は暴言、放言。

いや~最近いろいろ重なって疲れがたまり、
今日一日、あと一日、ああ私に明日は来るのか?
という状態で過ごしていました。


ふがー。

こんなとき、つい思うのが
「疲労で入院できないのか?」ということ。


こまごまとした日常も、大小各種の責任も、
ぜーんぶ放り出して、
「入院」しちゃいたい。

だってお医者さんに入院しなきゃダメですっていわれたんだもーん、って
堂々と入院しちゃいたい。


旅行じゃだめなのよ。
入院なのよ。

私が欲しいのは、不可抗力で、強制的な、
「入院」という名の日常からの逃亡なのよ。

・・・・・・・・・・。

本当に病気や怪我で入院せざるを得ない人には不謹慎な発言です。

わかってます、すみません。


病気も怪我もしたくありません。
健康が何よりです。

ああ、でも入院したい。
(って、結局そこから思考が離れてない)


検査入院、っていうのはどうでしょうか。


ん~~、でも胃カメラ飲まされたり、
直腸触られたりするのはいやだなぁ。
夕食やら朝食やら抜かされて血液検査・尿検査ってのも嫌だし。

となると・・・・

お仕事に、育児に、家事に・・・
日常に、人生に、

なーんかちょっと疲れてますってだけで、
2泊3日ぐらいで入院させてもらえないかしら。


身体の保養と、心の洗濯。


母親にはそんな時間が必要なのよー!


というわけで、参院選も近い今日この頃。
子育て支援政策として、「疲れた母親の入院を認める」
はいかがでしょうか?

1年間有効の2泊3日の入院チケットを全国の母親に配布。
疲れたときはご利用ください・・・て、ど~う?


いや、もっと話をすすめて。

入院を義務化するのだ!


突然、役所から「入院招集令状」が送られてきて、
今から1ヶ月以内に必ず入院しなさいって言われるの。


それで私は家族や職場に「こういうワケでして・・」などといいつつ
いそいそと入院するのよ。

お上の権力には逆らえないのよーん。

入院中は、身長・体重・血圧ぐらいの測定のみでもいいし、
希望者は、血液検査も尿検査も心電図も婦人科検診も、
乳がん検診も直腸検診もなんでもアリで。

大事なことは「強制的に日常から切り離す」こと。


しかも!これって社会全体にとってもいいチャンス!
妻の入院中をどう切り盛りするか、
家族にとってもいい経験になるよね?!

夫が母親代行をするもよし、育児サービスを利用するもよし、
祖父母に頼るもよし・・・。
母親の急な不在をどう乗り切るか、いいシミュレーションになるじゃないですか。


父親の育児参加を促したり、
母親の入院に合わせて父親が育児休暇取得したり、
託児サービスを初めて利用してみたり。

いい機会になるかもよん。

うむ、子育て支援策として、
母親に「入院」を強制する。
いいなー。

私、今すぐ入院したいです。


いやホント、疲れてます。

すみませんね、こんな暴言にお付き合いいただいて。

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2007.01.01

2007年、クラウチングスタート!

2007年、平成19年が明けた。

1年前の今日とは全然違う、今年の私。


思えばここ2年ぐらい辛かった。
詳しくは書かないが、環境がかわって、追い込まれた。
自分の意思とは関係なく、生活を変えなくちゃならなかった。


昨年の元日思っていたことは、

①ジタバタしちゃダメだ。
②でも何とかしなきゃ。
③じゃあどうしたいの。

とにかく、じっくりゆっくり、
自分の価値観と生活の建て直しだ。
そう思っていたのだ。
不満と苛立ちを抱えながら。


結果的に2006年は、かなり思い切った方向転換をした。
おかげで気持ちにゆとりも生まれたし、
なにより自分の目指す方向が確認できて
とってもよかったのだ。


2007年元日。

今年はそろそろいい風が私に吹き始めるだろう。
それは私が呼び込んだ風だ。
きっと吹く。きっと・・。

でもまだ今年は力をためる年だ。

力。
立ち上がるための力ではなく、
走り出すための力をためるのだ。


思えば、いろんなことに打ちのめされたここ2年は、
倒れないだけで精一杯。
力をためることすら出来ずにいたんだ。


地面にしゃがみこんで、へたりこんでいたけど、
やっと片足立てて、姿勢を整えたのが2006年だ。

2007年は、重たい腰を少しあげて、
自分の進みたい道をまっすぐ見上げてみよう。


両手をしっかり地面につけて、
片足たてて、
腰をあげて、前を見据えたら・・・・

ほら、それはクラウチングスタートの姿勢。


2007年はそういう年だ。

今年もよろしくね。

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2006.10.11

ドラマ「14才の母」に望むこと

秋の新ドラ、「14才の母」に、厳しく注文をつけたい。

このドラマ、14才の女子中学生が妊娠してしまう、“ヒューマンドラマ”らしいんですが・・・・


ヒューマンドラマっていうことは、だよ。

産むの産まないので中絶するかどうかで悩み、芽生えた命の重さに悩み、親や周囲に最初は猛反対されるけど、・・・ってな中で、女の子が成長していくよーな話なんでしょーか???

だとしたら、陳腐だよ、陳腐。


14歳が妊娠して、命の尊さ学んで、あーよかったね、がんばれ~~みたいな感動、欲しくないよ。

もうここはね、主人公には徹底的に辛酸を舐めてもらいたい。

まず、相手の男はヤリ逃げです。
男の親も、金で解決しようとするだけ。
女も女だ、息子だけのせいにすんなよ!ぐらいの剣幕がいいね。

さらに、相手の男は反省するどころか、セックスに目覚めて次の女に走る。
ダメ押しです。


そんな男の子供とはいえ、
どうしても中絶に踏み切れなかった主人公は、産むことを決意。
命について考える大事なシーンよ。


主人公の親も、大反対するけど、まあ実の親だから最期は味方でもいい。


でね、問題はここから。

出産後も徹底的に描いてほしいわけ。

中学生が子供産んじゃうってどういうことなのか。
子供を親や保育園に預けながら高校に行くのか。
みんなが楽しく遊んでいるときに、子供の2歳のイヤイヤ期に直面するしんどさを、みせてほしい。
友人が彼氏を作る中、母親としてもう恋どころじゃなくなるのか、そのあたりの葛藤もみせてほしい。
児童虐待・育児放棄になりかねない、主人公の苛立ちをみせてほしい。
大学進学どころでなく、早く手に職でも就けて、経済的に自立しなくちゃならなくなる厳しさもみせてほしい。


世の中の偏見だってきっちりみせて。
どうみたって、母子よりも年の離れた姉妹のほうがしっくりくる母子。
それを世間がどうみるのか。
子供の小学校入学で、入学式に出る主人公はやっと20歳なのだ。

母として社会に出るたびに、好奇の目に晒され続ける人生を、丹念に描いて欲しい。


子供を産むって言うのは、分娩だけじゃあない。
その子の人生に責任を持つということだ。


悩んだり反対されたりもしたけれど、最後は家族にも、相手の男の子にも励まされて子供を産みました~で、終わるようなドラマはみたくない。
とってつけたように、最期に「-2年後-」とか出てきて、かわいい子供と手をつなぎ、幸せそうに笑う主人公なんてみたくない。


14才で母になることの大変さを世の中に問いたい、という意欲のあるドラマならば、だ。
主人公はとにかく大変でつらい目にあって、14才からあとの人生ずっと、母としての責任を背負って生きていくことの厳しさをとことん描かなければだめだ。

ドラマをみた人が、「ホロっとしちゃった~。いいドラマだったね~」なんて呑気な感想を持ってはいかんのだ。
自分がまだ子供のうちに、親になっちゃいかん、
主人公のようにはなりたくない、
なーんて思う人が半数以上になるような、辛口ドラマでなくちゃあいかんよ。


どうでしょう?

日本テレビ「14才の母」

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2006.08.11

たら・ればの○と×

広島・長崎の原爆の日が過ぎ、まもなく終戦記念日の今日。
ちょっとだけ、書いてみようと思う。

世の中にはいろんな人、いろんな意見があって、

「もしあのとき、○○を攻めていれば」
「もしあのとき、△△が指揮権を握っていたら」


・・・「戦局は変わっていただろう」


・・・「日本は勝っていたかもしれない」


という話を聞くことがある。


わたしはどうも腑に落ちない。

いやなに、歴史に「たら・れば」を持ち込むことが嫌なのではない。
むしろ好きなのです。

あのとき、○○だったら・・って考えるのは。

だけど戦争について私が考える「たら・れば」は、

「もし、あのとき軍部の暴走を許していなければ」
「もし、外交がうまく効果を発揮できていたら」

・・・・「戦争を回避できたかもしれない」

なのだ。

歴史に「たら・れば」を言っても、歴史は変わらない。
でも、「たら・れば」と仮定することで学ぶこともできる。

皆さんは何を学びますか?

戦争の勝ち方?それとも防ぎ方?


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2005.12.12

大河ドラマ「義経」に学ぶこと

今日、2005年の大河ドラマ「義経」が最終回を迎えた。去年の「新撰組」に続き、2本目の大河ドラマ。
それまで大河ドラマをみてなかったけれど、1年かけて人の人生を追うっていうのは、けっこう見ごたえがある。今日は、私が「義経」を見て感じたこと、学んだことを書き綴りたい。

源義経といえば、いわずと知れた悲劇のヒーロー。
日本史なんかほとんどうろ覚えの私でも、多少は知っている。
けれど大河「義経」を、お涙頂戴の悲劇モノとしてみるのはちょっとつまらないと思っていたのが今年の1月。

そこで私は「義経」を、栄華をつかめなかったアホタレとしてみることに決めていた。
義経ファンの皆さんには暴言ですみません。

もう少し柔らかく丁寧に言えば、
なぜ、平家との戦で輝かしい戦果を挙げながら、仲間である源氏に滅ぼされることになったのか、義経のどこに問題があったのか、そのところをよーく見極めてやろうじゃないの!!と思って見始めたのだ。

そういう視点で見ると、義経の政治力の無さ、幼さがはっきりわかるので面白い。

例を挙げる。

① 壇ノ浦での戦の仕方。
  勝つことだけに集中する義経と、勝ち方にも重きを置く梶原景時との対立が生じる場面。
これは、「平家追討後の鎌倉の時代」を見据えている梶原景時と、「とにかく勝つことが先決」の義経との違いから生じる。義経の言うとおり、まずは勝たなくてはいけないのだが、ボスである頼朝の意図やその後の源氏の覇権のためにどうするべきか考えたり、チームメイトへのインセンティブについても気を回さねばいけないということを義経はわかっていない。(とはいえ、梶原景時の案を採用していたら勝てたかどうかはわかならい。しかし少なくとも景時の考えや忠告を否定するにももっとフォローが必要だったはず)

② 平家から奪還した三種の神器をさっさと法皇に返してしまう愚鈍さ
  頼朝が三種の神器の返却を条件に、法皇及び朝廷と有利な政治交渉をしようと考えていたにもかかわらず、義経は「どうせいつか返すのだから、鎌倉にいる兄・頼朝にご足労かけるのも悪いし、自分がさっさと返しておきます」と、せっかくの政治道具を法皇に献上してしまうのだ。
 これは、義経が自分の直属の上司が誰なのか、まったく認識できていないことを意味する。おそらく義経にとっては法皇(朝廷)-頼朝-自分という感覚なのだ。確かに制度上は、義経は頼朝の御家人で、その頼朝は法皇及び朝廷をお守りする立場なんだろうけれどね。頼朝の野心に気づかず、法皇の寵愛を受けて喜んでいるというのは「子供のおつかい」。

③ 上に立ちたきゃ清濁あわせ飲むべし。
   義経主従というのが、どうしようもないノー天気のイエスマン、義経ファンクラブ会員で構成されているっていうのも大問題。みんないい人間で、忠義の家臣なんだけれども、頭が足りない。何しろ、政治力がないばかりに比叡山を追われた僧侶と、都の孤児、漁師に山賊。奥州から加わった佐藤継信・忠信兄弟がかろうじて武士であるけれども、みんな政治とは切り離された思考の持ち主。「なんで我らが義経様が冷や飯くわされなくちゃいけないのか?」と首をかしげたり、不平を言うだけで、鎌倉の事情に思考をめぐらせたり、法皇の立場を考えるようなしっかりした人間がいないのだ。 叔父の源義家は器もせまいし、人格に問題があったけれども鎌倉と朝廷の対立の構図がしっかり見えていた。そういう輩も、情報源として利用できるところは全部利用しなくちゃいけなかった。

④ 情報・人資源を大切にせよ
   義経はけっこういじっぱりで、自分の力だけでなんとかしようとするのだけど、そのせいで近視眼的対応しかできなくなっていたと思う。いっしょに闘ったかばの冠者の兄上ともっと親睦を深めたり、梶原景時の息子は義経を崇拝していたのだから、もっと取り込んで鎌倉情報を得てもよかったのではないか。正妻の実家だって情報網になったはず。さらに頼朝と決別したらすぐにでも奥州藤原氏と連絡とるべきだった。

⑤ 人を動かすには、いろいろな方法があることを知るべし
   義経主従はファンクラブだから、俸禄も領地もいらない、ただ義経についていければいいという人ばかり。しかし世の中の人はそうではない。「新しき国」をつくりたいと思うなら、どのようにして人を動かしつき従えていけるのか考えなくては。頼朝は御恩と奉公という明確な成果主義を提示することで、人々のやる気を掻きたてたのだから。義経は平家追討の立役者であり、法皇に信頼も厚かったのに、自分に従う人を増やしていけなかったことも敗因に思う。頼朝追討の院宣を法皇からもらったはいいが、付き従う兵がいないというのは、悪い冗談にしか思えない。

⑤ ビジョンを実現させる方法を考えているか?
  義経は後半ずっと、「争いのない豊かな新しき国を作る」というのだが、そのためのプランがないのだ。頼朝は武士の世の中を作るというビジョンがあり、そのために動いていた。しかし義経は?国づくりの具体案なんて何もない。 スローガンだけじゃ何も始まらない。


書きたいことはいろいろあるが、とりあえずこれまで。

源義経は情に厚く、信義もあり、心まっすぐな青年であった。きっと一人の武士としてなら、手柄をたてて所領ももらえ、豊かに暮らせたのかもしれない。しかし政治家として国づくりを夢見るには明らかに劣っていた。


さて会社員である私はここから何を学ぶ?

上司は何を考えているのか何を求めているのか、それを考えた上で仕事に向かっているか。
会社は業績さえあげれば何でもあり、なんて思っているだろうか。
この会社はどういうふうに業界トップになればいいか、もしくは業界をひっぱっていくか。
そのための自分の働き方は?
自分だけではなく、チームとして成果や効率をあげる方法は?
社内事情に目と耳を向けているか。
業界事情に情報を張っているか。
そして自分は会社や仕事で何を実現したいのか?

さあ「義経」から学ぼう。


「義経」の総集編がクリスマスあたりに放送されるそうです。
気になった人は見てください。


NHK「義経」公式サイトはこちら


「義経」ファンの皆様、生意気書いてすみません。

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2005.11.13

TBSの英断「まんが日本昔ばなし」

先週ようやくTBSの「まんが日本昔ばなし」を子供たちといっしょに見ました!

やっぱいいよなぁ。
子供に安心してみさせられる内容。
あたたかみ、面白み。
反対に怖さや気味悪さ。
世の中の不思議なお話。

子供がすっかり引き込まれているのがわかる。


最近、子供の希望で子供向けのアニメなどをいっしょに見てみたんだけど、友情や勇気を謳いつつも、派手派手しい戦闘アニメや、今風の乱れた言葉遣いなど、どうも釈然としないアニメが多かった。

比べて「日本昔ばなし」の穏やかな語り口、方言などは耳に優しくなじむ。たった2人の声優(俳優)がいろいろな声音で物語に変化をつけてくれるのもすごいことだ。
絵柄も、ほっこりしていたり、かと思えばおどろどろしい時も。

子供には、直接的でない方法で、世の中に怖かったり暗かったりする部分があることも伝えなくてはいけないと、以前読んだ事がある。
光り輝く明るい世界だけを見せようとすると、どこかでバランスが崩れたり、思わぬ方向で暗い側面に子供たちが隠れて目を向けだしてしまう・・・・・・のだろうか。。。
「日本昔ばなし」はそういう観点でも、優れた番組だと思う。

今回、TBSがゴールデンタイムでこの番組の再放送を決め、デジタルリマスターなどもせずにオリジナルでの放送を決めたことは、素晴らしい英断だと思う。

TBSは今、買収劇のさなかにあり、今後どうなっていくのかわからないけれど、いつまでもこんな英断をくだせる放送局であってほしい。
私もその英断に応えるべく、子供たちといっしょに横に並んでTVを観ようと思う。そして感想を話したり、いっしょに笑ったり怖がったりしたい。
TBSやスポンサー企業は、視聴率うんぬんやら、製品の売り上げUPよりも、子供たちの感受性を豊かにしたいという想いでこの番組を大切にしてくれているのだと思うから。

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2005.07.04

宇宙戦争になりませんよーに

最初っからなんですが、私、宇宙の神秘をものすごーく崇めています。
難しいことはわかりません。
でも、星の光が何億光年もかけて地球に届き、夜空を彩ることや、太陽系の惑星がぶつかったり衝突したりせずに太陽の周りを回り続けることの不思議とか、太陽と地球と月の配置とか、不思議でしょうがないし、感嘆してやまないのですよ。

つらい時は星空を見上げるの。
宇宙はこんなにも調和に満ちている。
きっと今のひどい出来事も、将来の素晴らしい何かのためのもの。
キラキラ~ン。


そ、それがですよ。

NASAが今年1月に打ち上げた彗星探査機が、7月4日の今日、テンペル彗星に衝突、彗星を爆破します。

彗星の様子や、爆破による破片を集め、今後の研究に役立てるそうです。
多分ね、科学の進歩のためも極めて重要な実験なのです。


でも、なーんもわかってない、星空に祈りをささげる永遠の乙女たらんワタクシは、彗星を爆破なんかしていいんかい!と怒りと畏れでプルプルきてしまう。
無抵抗の彗星ですよ。放置してたら地球に衝突するとかいう彗星でない、普通に宇宙の調和の法則にのっとって宇宙に存在している彗星ですよ。
それを爆破。有無をいわさぬ先制攻撃ですよ。
いいんですか。

トム・クルーズの映画「宇宙戦争」みてる場合なのか。

宇宙戦争は映画館で起こっているんじゃない、今、本当に宇宙で始まるかもしれないんだ!
チャッ、チャッ、チャララ。(Rhythm&Police風に)

多分、私がものすごく無知で、反科学的なことを書いているんだと思うけど、
今夜の星空を見上げながら、爆破される彗星を想像するのは、とってもつらい。

だって宇宙はいつでも調和に満ちているんだもの。

参考サイト
ディープインパクト計画(アストロアーツ)

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2005.04.09

「『稼ぎ力』ルネッサンスプロジェクト」渋井真帆

「7つの習慣」という、とてもためになる本がある。人生で成功するために必要な人格形成の要素がつまっている本だ。

「『稼ぎ力』ルネッサンスプロジェクト」は、「7つの習慣」と同じく、視点や思考といった自分自身をかえることで成功できるということを教えてくれる本である。

さらに、

  • 成功の舞台をビジネス(仕事)に絞って
  • 女性に焦点をあて
  • 夫婦の対話形式で書かれていて
  • 翻訳モノではないから

「7つの習慣」よりずっと読みやすい。

「7つの習慣」がメインテキストなら、「『稼ぎ力』ルネッサンスプロジェクト」はより平易に書かれた副読本だと思う。

ま、経営者人材になるための4つの視点という部分は、本を読んでくださいと思う。

ここでは、私が目からウロコで、目の前が急に開けてきちゃって、ああこの本を読んでよかった!と思った箇所を書きたいと思う。

それは・・・・・・「女性は花なのだ」というところ。

花だから、咲きたい。咲き続けたい。女性にとっては綺麗に咲くことが成功なのだ。

自分という花を咲かせる。それは自己表現をするということ。

綺麗な花だといわれること。それは認められるということ。

自分の可能性を伸ばし、実現し、認められるということ。

本では、仕事をとおして自分を咲かせたい人に焦点をあてていましたが、世の中には妻や母という立場で咲く人もいるだろうし、趣味の世界で咲く人もいるのだと思う。

さあ私はどうやって咲く?どこで咲く?

今まで、肩書きとか、収入とかで成功してるかどうかを計ってしまうようなところが自分にはあったけど、そうじゃあないんだね。

既婚の子持ちは勝ち組だとか、年収がいくらなら勝ち組だとか、そんな世の中の価値観ぶっとばせ。

世の中的な“成功”のために自分を押し殺すより、もっと自分らしさを大切にしたほうが、ずっと綺麗に花として咲けるんだ。花の命も延びるんだ。

・・・・実はちょうど、転職しようか悩んでた。今の仕事のほうがお給料はいいに違いないんだけど、他所で咲きたい自分がいるってことを大切にしなくちゃね。

桜が咲いたよ。次は私だよ。

「7つの習慣」 「稼ぎ力」ルネッサンスプロジェクト

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2005.02.09

他人の子供を褒めよう

児童虐待の件数が増えているという。子供もかわいそうだし、そこまで精神的に追い詰められた親にも同情してしまう。

わたしも、子供2人を育てながら、子供ってカワイイだけではないのネとため息をつきたくなる日がある。

でも、夫や親、保育園、旧知の友人やママ友達、そして本に助けられてなんとかやっている。
最近は、上の子の赤ちゃんに対するやきもちが治まり、2歳のイヤイヤ期もだいぶ治まってきたから、けっこう楽しく過ごしている。

だが世の中には、夫や両親が距離的にも心理的にも頼れなかったり、保育園に預けられる環境でなかったり、ましてや本さえ読む時間がない母親だっていっぱいいるのだろうと思う。

そんな母親たちが育児のつらい側面に追い込まれないために、自分に何ができるか考えてみる。

まず思い浮かぶのは、何かのきっかけでママ友達になって、いっしょにおしゃべりを楽しむことができればいいというもの。
でももっと手軽で、もっと広範囲にわたっていて、自分にも、そして誰にでもできることがあると思った。

それは、子供を褒めてあげること。
子連れの母親や父親とすれ違うときに、子供をみて「かわいいね」「いい子だね」と言うこと。いとおしい目つきで子供を見つめてあげること。

え、そんなことが?と思う人がいるかもしれない。ええ、そんなことでもいいんです。

私が上の子のやきもちと2歳のイヤイヤ期に嫌気がさし、イライラが募り、精神的に疲弊していたころ、あろうことか自分の子供のことを、やっかいでわずらわしくて、どうにかしてほしいと、暗く、酷な気持ちが渦巻いていた。
そんなとき、近所の人や通りすがりの人に、「かわいいわねぇ~」と子供を褒められると、はっとした。
そう、この子は私のかわいい子供・・・・。

街中でワガママ言って泣いて叫んでいても、ジタバタしても、「かわいいわね。元気なお子さんね。」そんな第3者の声に救われた。

いろいろ大変なこともあるけど、やっぱり子供はかわいいんだ。そしてこのかわいい子供は、私の子供なんだ。
ものすごく当たり前のことに気がついて、ブルーな気持ちをリセットして、もう一度優しく穏やかな気持ちで子供に接しようという気になった。

だから私も、道行くすべての赤ちゃんや幼児に、「なんてかわいらしいんでしょう!」という言葉や視線を投げかけることにする。こんな可愛い子供を育てている貴方がたは素晴らしいという賞賛を込めて。こんな可愛い子供たちを、大切に育てていこうという気持ちを込めて。


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2004.10.22

少子化対策ー週休3日くれ!その②

先日書いた、週休3日くれ!-は、結構マジメなので自分でフォロー。

一人目の子供を産んで、仕事復帰したあと、自分で言うのもなんですが頑張ったんだと思います。
仕事も続けたかったし、子供もきちんと育てたかったし、女性としてもきちんとしていたかった。
そして私は、けっこういろんなことを手際よくこなしていたように思う。

でもやっぱり、どうしようもなく疲れてしまうことが何度もあった。
時間の使い方がけっこう上手い私でも、ヘトヘトのヨレヨレになることがあるんだから、”自分は不器用だから・・”とか、”そんなに根性ないし・・・”って思う女性は、ワーキングマザーになることを諦めてしまう。
はたまた、子供を預けて働くことに抵抗があって、ワーキングマザーになれない人もいる。
かといって、妊娠・出産で即・専業主婦になるには勇気がいる。気持ちの問題や、お金のことなどあって、ためらってしまう。その結果、妊娠を回避して今日・・・という人がけっこういる。

だからこそ、週休3日くれ!という言葉が出た。週休3日というのはひとつの提案で、別に、毎日時短3時間とか、週に2日は半日勤務とか、なんでもいい。
要は、もっと気楽に出産しよう、育児しよう、仕事も続けようって気持ちになれるようにしてほしい、ってこと。

「仕事も育児も・・なんて自分には無理」
「子供を朝から晩まで預けるのは後ろめたい」
そんな”ためらい”を払拭するのは、思い切った休暇制度や時短制度だと思う。
育児も仕事も余裕をもってできるようにして、頑張らなくてもできそうにすることだ。

その間は、仕事はキャッチアップ程度になってしまうかもしれないけど、仕事か子供かなんて二者択一を女性に迫るような現状は少子化をすすめるだけだと思う。

会社は利潤を追求するところで、子育てをすることは会社に直接貢献しないが、少子化対策が国策として急務であるならば、国が会社に働きかけてでも、思い切った時短・休暇制度をすすめるべきだと思う。

パパもママと一緒に育児休暇とれるようにすべきだ。せめて子供のためにもっと休もう。もっと早く帰ろう。
会社の中でも、地域社会の中でも、子供のために数年間ほど仕事を軽減することが、もっと尊敬される社会であるべきだ。

そして子供をもつことが「大変なこと」ではなくて、「ライフスタイルとしての豊かさ」につながるようであれば、きっと子供を持つ人が増えると思う。

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2004.10.20

少子化対策ー週休3日くれ!

少子化に危機感を持っている人が増えているそうですね。私は2人産みました。産んだからいうけど、すごく大変なことよ。他の人が躊躇してしまうのもよくわかるってもんだ。

私の場合大変なのは、子供2人いても働きたいからだ。
そして世の中には働き続けたいから、子供を産むのをためらう人が多いってことだ。


現在は育児休業中なので、子供のために晴れた日にはお布団を干してあげ、バランスの取れた食事をつくり、歯磨きもきちんとしてあげて、髪の毛も可愛く結んであげて、絵本もたくさん読んであげれるけど、仕事に復帰したら、このうちいくつかのことは、手抜きしたり、いいかげんになったりするんだと思う。
淋しい。そんなんでいいのか?と思う。
今朝も2歳のお姉ちゃんは朝ごはん食べるのに30分かかった。もし私が会社いくようになったら、10分で食べてもらうか、朝5時半には起こして朝ごはんを始めなくてはいけなくなる。大丈夫なのか。
きっと毎日があわただしい。
週末には、洗濯と掃除と買出しだ。

あえて叫ばせてください。

育児中の働くママは(パパでも)、週休3日にしてください。
土日以外に水曜日あたり、お休みがあったら、家事もきちんとできて、子供と向き合う時間も増えて、少し余裕がうまれると思う。

ワーキングマザーが疲れきってて、大変そうだから、後に続く人が増えない。
育児も仕事も楽しそうにやってる人が増えないとどうしようもない。

神様、育児中の今だけでも、1日36時間にしてください。もしくは週休3日ください。


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2004.03.09

少子化と年金

ブログを始めたばかりですが、「週刊!木村剛」にすっかり触発されてしまいました。
月並みですが、ブログってすごい!と感じ、自分も第一歩を踏み出したいと
熱い思いにかられています。

木村さんが、年金はネズミ講か?というコラムを書いていました。
私も、少子化について考えていたときに、
日本の国民年金はネズミ講と同じじゃないか?!と思ったので、
なんだかとてもうれしかったです。
そして、このことを木村さんにトラックバックできる環境もさらに嬉しいのです。


少子化は問題である、といわれます。

少子化、子供が少なくなっていること、出生率が下がっていること。
それが問題になっている。
ならば解決方法は、産んで増やそう、になってしまいがちです。

でも本当にそうなのでしょうか?

たとえば、年金問題。
産んで増やせば、年金問題が解決するというなら
それはネズミ講といっしょではないか?と私も感じていました。

年金問題の解決は他にもあるのではないのか。

結局少子化というのは、問題そのものではなく、1つの社会現象に過ぎません。
問題になっているのは、少子化という現象に直面した現在の年金制度そのものです。

年金制度に抜本的な見直しをすることなく、
少子化現象を憂えていても、根本的な解決にはならない。
木村剛さんのブログのように、年金について正面からぶつかっていかなくてはネ!


**
私が考える、少子化のもっとも深刻な問題については後日、筆を改めたいとおもいます。

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